独り言


とりとめのないつぶやき
by pooch_ai
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つばらつばらに

 
中国では、秋のさわやかな天気のことを、「秋高気爽」と言うそうだ。c0019055_937054.jpg
今年は、そんな日は、数えるほどしかなかったな、と思いながら、まだ、11月半ばというのに、日本列島全体が、寒気におおわれてしまっている中、「プーシキン展」を観に行った。



 いつもながら、上野の森は、大変な人出だった。東京都美術館では、日展も開催されており、修学旅行の一団も加わって、館内はごったがえしていた。

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 長蛇の列の後についての鑑賞だから、好きな画家や作品、興味を惹かれたものだけを重点的に観て行ったが、それでも、じっくり作品と向き合うことは無理だった。後に続く人に、その場を譲らなければならなかったから。


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とても、「アートの秋を満喫」というわけにはいかず、国立西洋美術館にしても、博物館にしても、どうして、こう、いつも混雑しているのだろうと、ため息が出た。
 それに比べ、デパート系の美術館は、比較的ゆったり鑑賞できたのに、数年前に、西武も、伊勢丹も小田急美術館も、相次いで閉鎖されてしまったのは残念でならない。



聞くところによると、外国には、開館時間が、深夜まで延長される「ミュージアムの長い夜」という催しがあるとか。なんとも羨ましい話である。


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だが、やはり、ロシアのシチューキンとモロゾフという二大実業家によるコレクションは、まさに「名画の宝庫」と呼ぶに相応しい作品揃いだった。


今回の展示の呼び物であるマティスの「金魚」は、実物を見ても、私は、あまり好きにはなれなかった。
逆に、立ち去り難かったのは、モネの「白い睡蓮」、ルノアールの「黒い服の娘たち」、「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で」、ドガの「写真スタジオでポーズする踊り子」、ピカソの「女王イザボー」や、ロートレックの版画・「騎手」などであった。
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家を出るときは、名画を観た後は、のんびり公園内を散策して、と思っていたのだが、うっすらと色づいた桜並木以外、早や冬枯れ(?)の感じさえする寒々とした風景は、物淋しく、興ざめだった。



c0019055_1001063.jpgそこで、予定を変更。銀座まで足を伸ばし、オスカー・ワイルド原作の「理想の女(ひと)」という映画を観てきた。原作の持つ味でもあろうが、虚偽と真実、皮肉と愛と中傷とが入り混じったセリフのやりとりが絶妙で、文句なく面白かった。

男から男へと、渡り歩き、金を搾り上げては、贅沢三昧の暮らしを続けてきた、スキャンダラスな悪女を演じたエマ・トンプソンのしたたかさは、さすが。
幼い頃に捨てた娘が、実の母親とも知らず、彼女に向かって、「亡き母は、私の理想の女(ヒト)」と、誇らしげに話すのを、聞いたときの彼女のリアクション・・・。複雑な心境が、その表情に、よく表れていた。
娘役のスカーレット・ヨハンソンの可憐な美しさにも魅せられた。
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 映画館を出たときは、街には夕暮れの気配が、漂い始めていたが、銀座まで来たのだからと、デパートに立ち寄り、母の好物であった「鶴屋吉信」の和菓子を買って帰ることにした。
何にしようかと、迷ったが、ネーミングが気に入っている「つばらつばら」に決めた。しっとりとした、晩秋の季節に相応しいと思ったから。


半月型のドラ焼きのような、この和菓子の名は、大伴旅人の歌「浅茅原 つばらつばらにもの思へば 故りにし郷し(ふりにしさとし)思ほゆるかも」に由来しているとのこと。
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 旅人が、大宰府長官として、九州に赴任したとき、つばらつばらに、すなわち、「しみじみと物思いをしていると、故郷の都のことが、あれこれと、心に浮んでくる」と、詠んだ歌だそうだ。

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 「つばらつばら」は、しみじみと、心ゆくままに、あれこれと、という意味の万葉言葉で、その心を汲んで、材料を吟味し、丹精こめて作った、との説明書が。

 秋の夜長。今夜は、この和菓子を供えて、私も、お相伴に預かりながら、つばらつばらに、母のことを偲ぶことにしよう。
電車に揺られながら、そんなことを考えつつ、帰路についたのであった。

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by pooch_ai | 2005-11-21 09:37

プレーバック・あの感動をもう一度! 


c0019055_21385360.jpg 待望のを見に、千倉へ行って来た。
テレビ局時代の友人が、リタイアして、千倉に家を新築してから、数度訪れているが、ここ2年ばかりは、母の介護で、ご無沙汰をしていたため、彼らとの再会も楽しみだった。


 飲み仲間の一人であったK氏とは、40年もの付き合いで、奥さんのFちゃんとも、昔からの知り合いであったから。
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館山駅へ迎えに来てくれた彼は、家に行く前に、海が見たいであろうと、白浜から千倉の瀬戸海岸へと、車を海岸沿いに走らせてくれて、途中何箇所かで、車から降りて、存分に海を眺めさせてくれた。

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波光きらめく青い、青い海。岩に砕け散る白波。果てしなく広がる水平線。グラデーションをかけたような、沖合いへ向けての濃淡と、色の変化。そして沈む夕日と、それを受けて照り返る海水と海岸の石畳・・・。

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到底、筆舌には尽くし難い光景を目にして、狂喜乱舞せんばかりの私に、「海が好きだとは知っていたが、これほど喜ぶ人も珍しい」と、彼は笑っていたし、紀州の海を見て育ったというFちゃんは、幼い頃から海を見飽きているせいか、「ほら、ほら、この神秘的な空と海の色を見てよ・・・」と、デジカメのプレビュー画面を示しながら、家に着いても、興奮冷めやらぬ私に、半ば呆れていた。


c0019055_2212354.jpg 何日居てもいいから、ゆっくりしていくように、と、彼らは勧めてくれたが、今回は一泊しただけで、辞去して来た。
分骨して家に祀ってある母が、帰りを待っているような気がして、長く留守にするのは、可哀想だったから。


 翌朝も、朝食前に海岸を散歩して来たし、帰りは、ローズマリー公園経由で、行きとは逆のコースを辿って、海沿いをドライヴ。前日とは、また違う海の表情を、たっぷり味わうことができた。

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 東京に戻ってからも、4~5日間は、まだ余韻に浸りきった状態が続いていた。瞼の裏には、海のさまざまなシーンが、しっかりと焼きついており、耳の底には、波の打ち寄せる音が、こびりついていて、誰かに話しでもすれば、あの感動が薄れてしまいそうな気がしていた。

 写真もかなり撮ってはきたが、果たしてあの素晴らしさを、どれだけ記録にとどめられたかは、疑わしい。


 私は、仕事の関係で、昔から、映像に対する思い入れは強かったものの、周囲にプロのカメラマンが大勢いたから、HP作りを始めるまでは、自分で、カメラをいじってみる気にはなれなかった。

 まさに「百聞は一見に如かず」で、どんなに美辞麗句を連ねて、表現したところで、一枚の写真が与える感動には、遠く及ばない。それが、映像の持つ魅力というものだと思うが、それだけに、「餅は餅屋に」と、考えていたから。



 パソコンに写真を取り込んで、一枚ずつチェックしていると、千倉で過ごした幸せな気分が、まざまざと甦ってきた。

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 夜の帳が下りる頃には、ぐつぐつ煮える鍋を囲んでの楽しい宴が始まった。
剣菱を酌み交わしながら、夜な夜な飲み歩いていた頃の懐旧談に始まって、数日前に彼らも参列したという、時代劇そのままのこの土地の葬列の様子や、外国に住むお子さん一家のことなど、話題は、それからそれへと尽きなかった。



c0019055_23591626.jpg 胃を切除して以来、殆どお酒を飲まなくなっていた私も、つい杯に手が伸びるのであった。
心地よい気分に身をゆだねていたら、須賀敦子の「コルシア書店の仲間たち」の、冒頭の「星のかわりに、夜ごと、ことばに灯がともる」という詩の一節が浮んできて、私の心にも、ぽっと灯がともったように、ほっこりとしてきた。


 遠く、かすかに海鳴りの音が聞こえるような気もしたが、闇に包まれて、静かに、千倉の夜は更けていったのであった。

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by pooch_ai | 2005-11-13 21:39

波の足跡


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 私は、海が好きだ。ときどき、無性に海が見たくなるときがある。
 嬉しいとき、悲しいとき、イヤなことがあったとき、ただ、ぼーと、海を眺めているだけで、何時間でも、飽きることがない。

 心がささくれだった感じがしているときでも、単調な、寄せては、返す波の音を聞きながら、海を眺めていると、心が和んできて、他人に対しても、やさしい気持ちになれそうな気がする。

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 学生時代は、山の会のメンバーで、海よりも、山に魅せられていた時期もあった。八ヶ岳縦走をはじめ、槍や、谷川のマチガ沢などに、次々にアタックしていて、自分では覚えていないものの、「あの頃は、山に登らない人間は、人間じゃない、みたいな言い方をしていた」と、後に、友人から言われたほどであった。
 
それが、テレビの仕事に就いて、昼と夜が逆転した生活が続くうちに、いつしか、すっかり海派になってしまっていた。


 今年の秋は、雨の日ばかりが続き、うんざりしていたら、珍しく太陽が顔を出して、明日も爽やかな秋晴れの予報に、突然、海を見に行きたくなった。

 どうせなら、「海をたっぷり眺めて、蜜柑狩りも」と、インターネットで検索。デジカメ友だちと、三浦半島の「津久井浜観光農園」へ出かけたのであった。



c0019055_22464891.jpg 「蜜柑狩り&撮影」のプランを思いついたとき、私は、脳裏に、高台の蜜柑山から、遠く海を望む光景を、思い描いていた。
 童謡「蜜柑の花咲く丘」の歌詞からの連想かも知れないが。



 
 
 だが、実際には、蜜柑園の下には、のどかな田園風景が広がっているだけで、どこにも海は見えず、一寸がっかりした。
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軽い失望感は否めないものの、鈴なりの蜜柑の木が、密集している様は壮観で、何よりも、木に成っている実を、直接もいで食べるという行為が楽しかった。

まだ、半分青いのに、甘くてジューシーな蜜柑を、ハサミで切り取っては、“お土産用”の袋に詰めてゆくのも、初めての体験で、心が弾んだ。


 蜜柑園を後にした私たちは、一度駅に戻り、蜜柑山とは反対方向へと向かった。しばらく歩くうち、不意に、潮の匂いが鼻をつき、行く手に海が見えてきた。



c0019055_23135816.jpg その日、やっと、目にした海だったが、これまた、余りにこじんまりした海岸なのには、拍子抜け。遠くに見える灯台らしきものや、サーファーを眺めたりしていて、ふと足元に目を向けたとたん、私の心は、ときめいた。



c0019055_2321334.jpgこの日、一番強く、私の心を捉えたのは、金色に輝く蜜柑でもなければ、青い海でもなく、波が砂浜に描き残した紋様であった。





 砂丘に風が描いた “風紋“や、ダイバーが撮った、海底の砂に波が刻んだ”砂紋“の写真は、見たことがあるが、砂浜に波が作った”砂紋“を目にするのは、初めてのような気がした。
多分、波打ち際のものは、すぐ次の波に消されてしまうか、残っていても、人出の多い海岸では、踏み荒らされてしまって、きれいなまま、残されていることは滅多にないからかも知れないが。


竜安寺の石庭の砂紋とか、故山水の庭園に描かれている砂紋は、見事だし、確か、東山魁夷の作品にも、「砂紋」というのがあったような気がする。
だが、私には、自然が作り出した、この拙く、ちっぽけな紋様が、どうにも愛しく、寄せては返す波が、砂の上に残していった足跡のように思えて、”波の足跡“と勝手に命名。密かにそう呼ぶことにした。
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“波の足跡”に強く惹かれて、カメラにも何枚か収めたが、砂浜にしゃがみこんで、見つめていると、心が潤う感じさえした。

 紅葉真っ盛りのシーズンも間近かだが、四季折々に、自然が織り成す美しさを思うとき、自然は、偉大なアーティストであると、改めて感じたものである。


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by pooch_ai | 2005-11-02 22:35


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