独り言


とりとめのないつぶやき
by pooch_ai
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水色の調べ♪


   <ネモフィラの花に導かれて>

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 遠くから見たとき、それは、曲がりくねって流れる、水色の川のようで、一瞬、「地上に降りた天の川」という、フレーズが、頭をよぎったものであった。

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 情報紙の紙面で、ひたち海浜公園の丘を、青一色に染め上げて咲く“ネモフィラ”の花を目にしたのは、1ヶ月ほど前のことであった。
 

 以来、ネモフィラ熱にとりつかれていたのだが、その花が、兄のお墓からほど近い武蔵森林公園でも見られると知り、早速会いに出かけることにした。


 ここには、前々から、1度立ち寄ってみたいと思いながら、その機会がなかったのだが、さまざまな野草の観察も出来るとのことで、それも楽しみであった。

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バスを降りて、南口ゲートから、一歩、中に足を踏み入れたとたん、想像を上回る園内の広さに、度肝を抜かれた。
「森林公園」の名が示す通り、うっそうとした森林地帯が、目の前に立ちふさがるように、どこまでも続いていたのである。



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こうなったら仕方がない。歩くっきゃない。と覚悟を決めて、「よっしゃ」と、一声、気合を入れてから、森林浴と洒落込むことにした。




 梢のささやきに耳を傾けつつ、園内マップを頼りに、歩き続けて行くと、どこからか、鶯の鳴き声が聞こえてきたり、突然、目の前に、池や沼が現れたり、海賊船やら、園内を廻るユーモラスな「ふくろうバス」に遭遇したりと、変化に富んだ展開が、面白かった。
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 最初は、先ず、ネモフィラの花畑へ直行するつもりであったが、予定を変更。快適なウオーキングを楽しみながら、気の向くままに、無数にある横道にそれて、迂回しながら行くことにした。



c0019055_15491063.jpg 芝生が美しい、斜面の展望広場に出たときには、「この上で、大の字になって、昼寝したら、気持ちいいだろうな」と、危うく誘惑に負けそうになった。が、人目もあることとて、我慢、我慢。




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水音に誘われて、木の階段を下りて行くと、小さな滝に出会った。かなり歩いた後なので、水しぶきが、ほてった肌に心地よく、流れに沿って、そのまま歩いて行ったら、野草コースとの分岐点に出た。


 偶然とは言え、今日はついてると思ったら、うれしいことは重なるもので、丁度、シライトソウが、見頃であった。
白い穂のように見えるシライトソウが、ほの暗い木立の下、一面に咲く光景に見とれていたら、これは、もしや、森の奥に棲むニンフの化身では?などど、思ってしまった。
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 このほか、シランやシャガ、エビネ、コバノタツナミ、クリンソウなどが咲いていたが、約1Kmの小経の両側では、150種もの野草が見られるとのこと。もう少し早い時期なら、カタクリや、クマガイソウの花たちにも会えたのにと、一寸残念だった。
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 一旦、中央道に戻り、右に折れて進むと、吊り橋が見えてきた。その先が運動広場で、「ぽんぽこマウンテン」と名づけられた巨大なトランポリンに目を奪われた。
そして、さらに少し進めば、目指すネモフィラの咲く花畑に辿り着けるはず、と、期待に胸が高鳴った。
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c0019055_16211417.jpgここ森林公園で見るネモフィラは、品種が違うのか、海浜公園の写真で見たような濃いブルーではなく、ライトブルー、もしくはペールブルーといった、ごく薄い色をしていて、清楚で可憐な感じがした。


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それだけに、眺めていると、きれいで、清々しい気分にさせらるのに、写真に撮ると、あまり見栄えがしないのは、気の毒というか、一寸、残念だった。



 花畑には、ハナナやヤグルマソウ、ポピー、ムギなどが、それぞれのラインを描き出していたが、ひと際華やかなのが、菖蒲の一群であった。c0019055_16302599.jpg


鮮やかな青、紫、白色などの菖蒲が、今を盛りと、咲き誇っていて、見る人の目を、存分に楽しませてくれていた。c0019055_16311177.jpg





c0019055_17505789.jpgネモフィラの花に導かれるようにして、訪れた森林公園は、広すぎて、とても全部は回りきれなかったが、帰ってから、体調がいいのは、フィトンチッド効果によるものかも知れない。



まだ、まだ、見所は、いっぱいあるようなので、又、別の機会に、今度は、もっと早起きして、お弁当持参で、出かけることにしよう。


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by pooch_ai | 2006-05-19 15:21

眩しすぎて・・・<過去への旅?>


c0019055_22322660.jpgいつの間に、こんなにも長い時間が、過ぎてしまったのだろう。
海辺のホテルに、懐かしい面々が顔を揃えての、楽しい宴。美酒に酔い痴れ、尽きぬ話題に、夜が更けるのも忘れて、笑いさざめいていたら、記憶のテープが、早送りで、巻き戻され、青春の日々が、鮮やかに甦ってきた。


連日のように、深夜までスタジオにこもりきりで、TVの番組作りに取り組んでいた、あの頃。今となっては、そのすべてが、眩しすぎる日々でもあった。

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出演者は勿論、ディレクターを始め、ADさんも、カメラさんや、照明さん、音声さん等々、TKの私も含め、スタッフ全員が一つになって、スタジオ中が殺気立っていたほどの、本番中の、あの、キーンと張りつめた緊迫感は、ゾクゾクするような快感でもあった。



c0019055_1365266.jpgそれだけに、終わった後の達成感と解放感が、また、たまらなかった。
本番の後は、決って、反省会と称しては、こんな風に、お酒を呑みながら、雑談にふけったり、熱っぽく、議論を戦わせたりしたものだった。



 半ば、記憶の底に、埋もれかけていた、さまざまな出来事や、大勢の人々の顔が、スライドショーのように、次々に、現れては、消えて行った。



 突然、どっと笑い声が起こり、タイムスリップしたように、一人、思い出の世界に浸っていた私は、現実に引き戻されたのだった。


恒例となっている、昔の上司と、部下であった飲み仲間たちとの房総旅行。今年は、白浜のホテルに1泊して、翌日は、鴨川シーワールドへ行って来た。

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約8年前、仲間の一人が、リタイアして、千倉に移住(この夫妻のことは、以前、blogでも紹介しているが)。健保の保養所が千倉にあったことから、お花摘みを兼ねて、皆で出かけたのが始まりだった。


c0019055_22581677.jpg まず、千倉の友人宅に集合。それから、「南房荘」という保養所に向かい、夜は、お酒を酌み交わしながら、おしゃべりを楽しみ、翌日は、お花摘みやイチゴ狩り、名所、旧跡を訪ねたりして過ごすのが、いつしか慣わしとなっていた。



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数年前に保養所が閉鎖されてしまっても、房総旅行は、ずっと続いていたが、私は、母の介護で、ここ何年かは参加できなかったから、千倉の友人夫妻以外のメンバーと会うのは、久しぶりのことだった。




体の具合を悪くされて、自宅療養中の元上司のHさんも、思ったよりも元気そうなので安心した。始終、ニコニコ楽しそうで、時折、昔の論客ぶりが、顔を覗かせるのも、うれしかった。



c0019055_2384066.jpg温厚な人柄のEさんが、この夜は、かなりご酩酊のご様子で、足取りもおぼつかなかったのが、良い酔い方をされたからか、翌日は、いつもと変わらぬ物静かな態度で、二日酔いの気配なぞ、微塵も感じられないのには、敬服した。




c0019055_2310552.jpgメンバー中、ただ一人の現役であるT氏は、会社では、部下が大勢いる身であるのに、最年少のため、AD時代同様、ホテルの手配から、夕食後の酒宴の準備まで、実にまめまめしく動き回って下さり、申し訳ないとは思いつつも、つい甘えてしまった。



このT氏と初めて会ったのは、私が会社を辞めて、フリーで仕事を始めてからであったが、「平凡パンチ」の表紙絵から抜け出してきたような、というのが、第一印象であった。


c0019055_23222369.jpg今もって、そのファッションセンスも、体型も、当時と全く変わりがなく、翌日会ったときは、光沢のある、くすんだ小豆色のジャケットを、さりげなく着こなしていたが、光線の具合で、色が微妙に変化して見えるのが、いかにもお洒落な感じだった。



 奥さんのMちゃんは、「ディザイナーズブランド物の社員セールで、凄く安かったのよ」と謙遜していたが、さすが、「平凡パンチ」シニア。近々、発刊が予定されている「団塊パンチ」にでも、登場しそうなファッションだなと、思ったものであった。




c0019055_021240.jpg鴨川シーワールドでは、水族館とイルカのショーを見物したが、イルカたちの尾ヒレを振ってのダンスや、ボールを抱えてプールを泳いだり、空中に吊るされたボール目がけてのジャンプなど、次々に披露される見事なパフォーマンスには、思わず、子供のように歓声を上げてしまった。



c0019055_043778.jpgT氏夫妻の車の一行とは、ここでお別れしたが、今回も、千倉の友人夫妻には、車での送り迎えから、移動中も、すっかりお世話になり、海も、車窓から、たっぷり眺めさせていただいて感謝している。




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家に帰り着いて、TVの天気予報を見ていたら、つい数時間前までは、あの房総半島の突端にいたのだなと、なんだか不思議な気がした。






 不思議といえば、私が社に在籍していたのは、ほんの数年間のこと。フリーの時代に、何度か仕事をご一緒させていただいたことはあるが、今日まで、グループの一員に加えていただき、交流が続いているのも、不思議なご縁というか、ありがたいことだなと、改めて思った。c0019055_125240.jpg



 後日、PCに写真を取り込んでみたら、着いた日は、強風が吹き荒れていたし、泳いでいる魚をカメラに捕らえるのは難しく、枚数を撮った割には、写真はどれも、イマイチなのにはがっかりした。だが、これが実力。まだ、まだ、修業が足りないと、思い知らされている。

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by pooch_ai | 2006-05-16 22:36

抱柱乃信(ほうちゅうのしん)

 ー「五月になれば」、後日談ー 
 
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掌説「五月になれば」を読んでくださった友人から、メールが届いた。
 (ご本人の了承を得て、そのまま、引用させていただきました)



「独り言の作品が増えましたね。
とんがり帽子の時計台と少年と年上のお姉さん。
思い出したのが「ほうちゅうのしん」 
昔中国で、二人の男が何年後かに「この橋のこの柱のところで」と、会う約束をした。
片方が約束の日に待っていたが、もう一人は現れない。川が増水してもその柱を抱いていて、溺れて死んでしまったという話。
漢字で書こうと、広辞苑で調べたが、出てない。
私の記憶違いかな。友の来るのを信じて柱を抱いて離れなかった。という話」



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c0019055_20392925.jpgこれを読んで、なんだか、胸にぐっと、くる話しだなと、思った。
 男の友情って、いいなと、少なからず感動したのである。


 もしやと思い、電子辞書の一括検索で、調べてみたところ、「抱柱乃信→尾生乃信」と出ていた。



 そこで、「尾生乃信(びせいのしん)」を引いたら、
(意味)約束を必ず守ることのたとえ。
     また、融通がきかなくて、愚直であることのたとえ。

c0019055_20443215.jpg(注釈)中国の春秋時代、魯の尾生という人が女性と、橋の下で会う約束をしたのに、彼女はやってこない。大雨で川の水が増水して危険になったのだが、尾生は約束を守って立ち去ろうとせず、橋げたにつかまったまま、溺死したという故事から。よい意味にも悪い意味にも使う。
 と、こちらは、相手が女性の話であった。

 

 だが、私としては、男同士の話の方が、ずっといいし、融通がきかない云々は、ひどすぎるように思う。

 相手が来なかったのは、約束を破ったとか、忘れたのではなく、止むに止まれぬ事情があったのだと思いたい。ケータイなんて、なかった時代なのだから。


 けれども、相手が女性ということになると、こちらの受け取り方が、いささか、違ってくる。



c0019055_20473216.jpg「五月になれば」のユースケの場合は、14歳の少年の、年上の女性に対する、憧れにも似た思慕の念、“淡い初恋”なのだから、ひたむきなところが、いいわけで、と、身びいきというか、作中の人物に対しては、書いているうちに、どんどん、愛しさがつのってきて、つい、弁護してしまうのが、人情というもの。


 しかし、これが、成人男子となると、「女にだまされたアホな男」と思ってしまうわけで、「愚直であることのたとえ」にされても、仕方がない気がするのである。



c0019055_21535554.jpgまあ、自分でも、かなり「独断と偏見」に満ちた意見と、思わぬでもないが、以前、「いま、コラムの時代」と題する、朝日新聞のシンポジウムで、名コラムニストの轡田隆史氏が、「コラムは、独断と偏見でいいんです、ただ、そこに、少しユーモアを加えることが、肝心」と、話されていたから、お許しいただきたい。

(でも、反論には、謙虚に、耳を傾けさせていただきますので、じゃんじゃんご意見を、お聞かせください)



 いずれにしても、相手をそこまで信じられるのは、ある種、幸せなことだと、言えるのでは、ないだろうか。たとえ、手痛い裏切りに遇ったとしても。



c0019055_21572929.jpg昔 、「知るは喜びなり、と申しますが・・・」で、始まるテレビのクイズ番組があったが、メールをいただいたおかげで、「抱柱乃信、又は、尾生乃信」という、四字熟語と、その由来を知ることができたわけで、「持つべきものは友。大事にしなくては」と、改めて思ったのだった。



 そして、また、矢張り、私は、「人を信じたい」、とも思った。こんな時代だからこそ。

      

 今回カットに使った写真は、すべて、小菅スポーツ公園で、撮影したものだが、デジカメの大先輩に、教えていただき、写真を拡大して見られる挿入法で、アップロードした「ノウゼンカズラ」を撮ったのも、この公園であったと、懐かしかった。
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by pooch_ai | 2006-05-04 21:01


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