独り言


とりとめのないつぶやき
by pooch_ai
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春浅し<ひいなのまつり>

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 風は、まだ、少し冷たかったけれど、早春の淡い陽射しを浴びて、神社の石段に、びっしり並んだお雛様は、圧巻だった。


 
 ご主人の転勤で、最近、勝浦に移転した旧友の誘いで、「かつうらビッグひな祭り」に行って来た。

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 2月は、絶不調で、治ったはずの風邪が、また、ぶり返して、なかなか抜けないなと、思っているうちに、頭痛や、目の奥から後頭部へかけての痛み、くしゃみに、鼻ぐしゅぐしゅといった症状が続き、これは、花粉症に違いないと、気づいたのだった。


私は、花粉症とは無縁だったのに、ついに、去年、あの忌まわしいヤツに捕まってしまったのだが、この先2~3ヶ月も、こんな日々が続くのかと思うと、気が滅入る一方であった。


そこで、気分転換に、ひな祭りを見物がてら、久闊を叙して、海も眺めて来ようと、欲張りプランに、胸を躍らせて、「わかしお7号」に飛び乗ったのであった。


昔、一緒に仕事をしていた彼女は、結婚退職以来、ずっと伊豆に住んでおり、その間、何度も、伊豆へは出かけながら、会う機会がなかった。旅行するときは、いつも母が一緒で、ホテルに一人残していくのは、可哀想だったから。


改札口まで迎えに来てくれていた、彼女との再会は、実に20年振りであったが、互いに、一目でわかり、同時に発した言葉が、「昔と全然変ってない」であった。彼女の方が、ずっと年下ではあるけれど。

会ったとたんに、時計の針が後戻りしていく感じで、はしゃいだ気分のまま、彼女の案内で、お雛様見学ツアーはスタートしたのだった。


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市を挙げての一大イベントというだけに、駅の構内にも、ひな壇が設けられていたし、商店街の交差点入り口と、覚翁寺山門前、市民会館、そして遠見岬神社石段の4会場をはじめ、信用金庫前や、商家の店先、ショーウインドウの中と、街中いたるところ、お雛様だらけなのには、ビックリ。


c0019055_11341687.jpg人口2万2千余りの街なのに、飾られている雛人形の数は、2万350体にものぼるとのこと。市民会館には、内裏雛の高さが約120センチ、女雛が95センチという「日本最大の享保雛」が、飾られ、話題を呼んでいた。


だが、やはり一番の見ものは、神社の60段の石段を埋め尽くした1200体のお雛様だった。毎朝、7時前から、近所の人たち十数人がかりで、約1時間かけて、並べるのだそうだ。夜間はライトアップもされ、期間中に、約30万人もの人出が予想されているとか。c0019055_114904.jpg





彼女の言葉によれば、「普段は、人っ子一人通らない」という川沿いの道にも、祭りにはつきものの屋台が、ずらりと店を連ね、臨時の駐車場には、観光バスまで駐車していて、大変な賑わいだった。


c0019055_154662.jpg 各会場を巡り歩く途中には、国の有形文化財に登録されている古い旅館もあったが、お乳の出の悪い女性が、お参りすると、出が良くなると伝えられているという「乳公孫樹」には、度肝を抜かれた。太い横枝から垂れ下がった「乳柱」というのが、ホルスタインの乳房そっくりだったから。




ゆっくり時間をかけて、街を一巡。存分に、雅な気分に浸った後は、最終コースの海へと向かった。ホテルの裏道から、浜へ出て見たら、静かで、きれいな海が広がっていたので、うれしくなってしまった。



c0019055_15323341.jpg思わず、両手を広げて、深呼吸をした後、穏やかな海を眺めているうちに、ここ数日間のもやもやが晴れて、次第に、伸びやかな気分になってくるのが、感じられ、やはり来て良かったと、心の中で、彼女に感謝したのだった。




列車に乗る前、駅前の土産物店で、母にと、ストックを一束買って来た。房総の早春の香りを、お裾分けして上げたくて。
ひいな祭りの宵には、ちらし寿司も作って、お供えしてあげることにしよう。

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(右上の「華サロン」をクリックすると、フーちゃんの素敵なサロンへ行けます)
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# by pooch_ai | 2006-03-01 14:44

ピンキッシュグレーのもやに包まれて

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 友人が、仕事で、マリー・ローランサン美術館へ行って来たから、と、絵葉書と、スタンド・ミラーを、お土産に買ってきてくれた。私が、ローランサンの絵を、好きなことを知っていたから。




 「ローランサンは、極度の近眼だったから、こうした絵が描けたのだ、と、言われている」
高校時代、美術の授業で、一枚の絵を示しながら、彼女独特の画風について、教師の言った言葉に、自分も、強度の近眼である私は、大きくうなずいていた。


ピンクやグレー、ブルーの淡い色調の、もわもわっとした感じは、まさに近視の人間が、眼鏡をはずして、物を見た感じであったから。
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それが、私と、ローランサンの絵との、初めてにして鮮烈なる出合いであり、この日から、彼女は、私にとって、忘れられない画家の一人になったのだった。



c0019055_1237070.jpg「目が悪い(近視だから)ので、よく見えない」と言うと、友人たちは、指を1本、目の前に突き出して、「これ、何本かわかる?」などと聞いたりしたものだ。
その都度、「近眼というのは、近くの物は見えるけど、遠くのものが、輪郭がぼやけて、はっきり見えないの。丁度、薄物のベールを透して、物を見る感じなのよ」と、説明したものだが、ローランサンの絵は、そんなロマンティックなムードに溢れていて、私の心を、強く捉えたのであった。
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一体に、私は、女性を描いた作品や画家たちに惹かれる傾向があり、ルノアールやドガ、カシニョール、ミューシャ、ロートレック、かなり官能的ではあるが、クレムトなどの作品が好きである。
日本人では、鏑木清方、黒田清輝、上村松園、伊東深水など、いわゆる美人画と言われる絵を、愛してやまない。

同じ女性がテーマでも、モジリアニの不自然なほどに首の細長い女性像は、とても好きにはなれないし、逆に、ゴーギャン描くところの逞しい裸婦にも、たじたじとなってしまう。


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私が好きなのは、あくまでも、美しさ、愛らしさ、優しさやたおやかさが感じられ、見ているだけで、心がなごみ、温かなものが溢れてくるような絵なのである。





他人の心無い言動に、深く傷ついたとき、気分が落ち込んでいるとき、腹立たしい思いをしたときなど、ローランサンの絵を眺めていると、ピンキッシュグレー(ピンクがかったグレー)のもやに、すっぽりと包まれているような気分になり、ささくれ立っていた心にも、平安が訪れ、嫌なことも、忘れることができるのである。


「永遠の少女」とか、「少女の夢を描き続けた画家」と言われているローランサンは、「鎮静剤」という詩も書き残している。


c0019055_139910.jpg「捨てられた女よりもっと哀れなのは よるべない女です よるべない女よりもっと哀れなのは 追われた女です 追われた女よりもっと哀れなのは・・・」と、延々と続くこの詩は、恋人であった詩人・アポリネールとの別離の悲しさから、綴ったとされているが、私は、好きではない。


 パリで栄光をつかみ、貴族などからも肖像画の注文が多く、周囲の画家や詩人たちからは、霊感を与えるミューズと讃えられていたという、ローランサンには、似つかわしくないから。
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 一方、アポリネールの方も、「過ぎた時も 昔の恋も 二度と帰っては来ない ミラボー橋の下を セーヌ川が流れる・・・」と、ローランサンと別れた、悲痛な想いから生まれた詩を、発表している。

やはり、高校時代、詩が好きだった私は、「月下の一群」という堀口大学の訳詩集を愛読していた。その中に、この「ミラボー橋」という詩も収められており、「月日は流れ、私は残る」などと、口ずさんだりもしていた。


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ローランサンと、アポリネールが、恋人同士であったことを知ったのは、ずっと後になってからのことだが、その偶然に驚いたものである。



それにしても、芸術家というのは、幸せの絶頂にあるときよりも、むしろ、悲嘆にくれていたり、苦しい状況のときの方が、優れた作品を生み出せることが多いのは、なんとも皮肉な話であると思う。



c0019055_1346642.jpg私は、ここ数日間、8度5分もの高熱が出て、胃腸の具合も悪く、ベッドから離れることが出来なかった。風邪薬のせいで、殆ど3日3晩眠り続けという感じであったが、やっと、平熱に戻り、昨日ぐらいから、食欲も出てきた。


だが、油断は禁物。まだ本調子ではないので、家で、大人しくしていることにして、絵葉書をデジカメで、撮ったり、音楽を聴きながら、久しぶりにローランサンの画集のページをめくったりしているが、体調のすぐれないときには、ローランサンの絵は、私にとっての「鎮静剤」であり、なによりの特効薬と言えそうだ。
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# by pooch_ai | 2006-02-01 11:44

心がふるえる神秘的な美しさ


c0019055_2153012.jpg 薄暗いトンネルを抜け、観瀑台に、一歩足を踏み出した瞬間、群集の頭越しに、完全凍結した滝が、姿を現した。
神秘的とも言えるその美しさに、思わず、感嘆のため息が漏れ、私は、夢中で、シャッターを押し続けたのだった。


 袋田の滝の氷結は、前々から、一度見てみたい、と思っていたものの一つであったが、なかなか、そのチャンスに恵まれなかった。

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 氷瀑を見るのは、タイミングが難しく、「全面凍結」と、TVなどで報じられていても、翌日には、もう、一部が溶け出してしまったりで、行きそびれてしまっていた。

 それが、この冬の、例年にない厳しい寒さで、12月に始まった凍結が、そのままとのこと。PCクラブの有志で、デジカメの撮影に出かけることになった。


c0019055_2213915.jpg 参加することにはしたものの、東京でも、最高気温が5~6度の日が続いていたため、寒さに弱い私は、果たして、撮影などできるであろうか、と、期待と不安がない交ぜになった複雑な心境であった。


 滝の水が凍るぐらいだから、周辺の気温はマイナス7度ぐらいと低く、階段や道路も凍結しており、滑って、足を骨折した人もいる、と聞くにおよび、出発間際まで、内心、ビクビクしていた。


c0019055_2284234.jpg だが、当日は、風もない晴天に恵まれ、3連休の最終日にもかかわらず、渋滞もなく、車は、すいすい快調に進み、車内で仲間たちと、賑やかに歓談している間に、目的地に到着。気分は、すっかり晴々としていた。


すでに、車の中から、滝を目指して歩く人々の姿が見かけられたから、はやる気持ちを押さえつつ、私たちも、混雑する人の群れに混じって、展望台へと向かったのであった。


生まれて始めて、目にした氷瀑は、青みを帯びた白さで、水が凍ったというよりも、雪が降り積もったような感じであった。
想像を絶する素晴らしさに、圧倒され、改めて、「自然は、偉大なアーティストである」と、思ったものであった。

c0019055_22435048.jpg幅73m、高さ120m、四段に落下するところから、別名四度の滝とも呼ばれているとのことだが、途中、渦巻く波のような大きな塊もあり、アイスクライミングをする人たちの姿が、小さな黒い点のように見える光景は、雄大にして、壮観でもあった。
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夜間には、ライトアップもされているとのこと。闇の中に浮かび上がる、氷結した滝の幻想的な美しさを、思い描くだけで、心がふるえるようであった。

いつか、機会があったら、是非、見てみたいものと、心を残しながら、吊橋を渡って、帰路に着いたが、途中の川面も一面、氷に覆われていた。

 氷瀑の感動的なシーンを、反すうしつつ、立ち寄り湯の、温泉に、ゆっくり漬かっていると、冷えきった体も温まってきて、まさに、至福のときという感じがした。
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昼食後は、那珂湊の「お魚センター」へ、回ることになったが、途中、真っ青な海も、たっぷり眺めることができた。
お土産に、好物の「たらば蟹」を買い込んだうえ、極上の回転寿司まで、口にして、言うことナシの、ラッキーで、ハッピーな一日であった。

帰りの車中で、徐々に暮れてゆく空の美しさに、心惹かれ、フロントガラス越しに、カメラに収めてみたのだが・・・。
本日の撮影は、これにて、ジ・エンド。
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# by pooch_ai | 2006-01-10 21:54

街中ウオッチング・<下を向いて歩こう>

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エコーの検査で、虎の門病院へ行った日、午後の内科の検診まで、空き時間があったので、近くの金毘羅さまへ行ってみた。



 そこに、金毘羅さまがあることは、かなり前から知ってはいた。

 入院中に、仲良くなった若いメル友と、外来でバッタリ会い、病院へ来たら、必ず寄るという、彼女に連れられて、一度、お参りしたことがあったから。


c0019055_1539215.jpgそのときは、「金毘羅さまといえば、讃岐を連想するけれど、こんな所にもあるんだ」とは、思ったが、平屋建ての普通の神社で、特に変わったところはなかった。



 その後しばらくしてから、その辺り一帯が、かなり長い間、工事中のシートで覆われていたのだが、あるとき、シートが取り除かれて、巨大なビルが出現していたのには、ビックリ。

 

c0019055_14561698.jpgそのビルの中に、金毘羅宮も、取り込まれているらしいとは、雑誌の記事か何かで読んで、「へえ~」とは、思ったものの、殊勝な彼女とは違い、信仰心のない私は、足を向けてみることもなかった。



 いつも病院へ行くときは、予約時間ギリギリで、急いでいたし、帰りは、延々待たされて、やっと診療が終わった後も、次回の予約受付、薬剤部での処方箋の受け取り、会計と、いずれも待ち時間が長く、調剤薬局で、お薬を受け取る頃は、グッタリ疲れ果て、寄り道をする気力などなかったから。


c0019055_14583699.jpg件の金毘羅さまは、「琴平ビル」という、高層ビルの1階に、収まっていたが、ピカピカ光る金属製の太い柱の間から、本殿や参詣人の姿が見えるのは、奇妙な光景であった。




 鳥居をくぐると、お賽銭をあげて、神妙に手を合わせる人も、見受けられたものの、通り抜けをする人や、ベンチに腰掛けて、タバコをくゆらしたり、缶コーヒーを飲みながら、くつろいでいるサラリーマンの姿が多く、都心のビジネス街にありながら、そこだけ時間が止まったような、のんびりした空間が広がっていた。


 写真を数枚撮った後、私も、仲間入りして、しばらくベンチに座っていたが、病院での不安感やイライラが、解消され、心が和む感じがしたのは、神様のご利益?かも。

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 金毘羅さまへ行ってみる気になったこともだが、外出時に、デジカメを持ち歩くようになってから、行動半径や、目の行きどころが違ってきたようだ。



c0019055_1415094.jpg それまでは、仕事人間だった頃のクセが抜けず、脇目もふらずに、目的地へ一目散という感じだった。それが、時間に余裕があるときは、周囲を見回したり、横道にそれてみたり、回り道をするようになった。



 すると、思わぬ発見があり、写真を撮るのが、どんどん面白くなってきた。
 神宮外苑の銀杏並木へ行ったときは、面白い車を見かけて、「これが噂のベロ・タクシー?」と、思わずパチリ。


c0019055_1420055.jpg ベロ・タクシーと言っても、別に、運転手が舌を出している訳ではなく、「ベロ」は、ラテン語で自転車の意味。ベトナムだかに、自転車の後ろにつけた、無蓋の乗り物に、人を乗せて走っているのがあるが、こちらは、外見は小型車そっくり。で、運転席が自転車になっていて、人が漕ぐ、地球に優しい無公害車だそうだ。



c0019055_14263344.jpgまた、「風の散歩道」では、ガムのパッケージの形をした、ガムの自動販売機を見かけて、カメラに収めたが、最近、最も心がけているのが、「下を向いて歩こう」である。

 海辺の「砂紋」や、「風の散歩道」の靴跡のタイルをはじめ、地面には、色々面白いものがあることに気がついたから。



c0019055_14415456.jpg 手賀沼公園の沼沿いの道を歩いていたときは、自転車や人が行き交う歩道に、ツタが這っているのが、目にとまったが、土手下から、這い上がってきたのかと思うと、健気な感じがして、愛しかった。


 「太陽は日々に新たなり」と言うが、明日はどんな出会いがあるだろうと思うと、毎日が楽しくなってくるというもの。

 さあ、明日も、脇道、寄り道、回り道。そして、「下を向いて歩こう」!
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 2006年が、皆にとって、輝かしい年でありますように。
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# by pooch_ai | 2006-01-01 13:59

シャンパングラスが奏でる”光のシンフォニー”

c0019055_1414573.jpg シャンパングラスを積み上げて作る“クリスマスツリー”のことを知ったのは、もう、6~7年前のことであった。


 “シャンパングラス“という言葉のひびきからして、ロマンティックな感じなのに、それが光り輝く、幻想的なシーンを想像しただけで、胸がときめき、1度見てみたいものだと、思いながら、なかなかその機会に恵まれなかった。
 
それが、ついに今夜叶うのだと思うと、私は、朝起きたときから、そわそわ落ち着かなかった。まるで、恋しい人に、会いにでも行くかのように。



c0019055_14192655.jpg 幸い、ここ数日間の寒さから開放された暖かな夜で、立川の昭和記念公園には、光のファンタジーに、招き寄せられるように、大勢の人々が詰めかけ、プレ・クリスマス気分を楽しむカップルや家族連れで、賑わっていた。




 カナール沿いの、イチョウ並木や、水面に浮ぶ大輪の花のイルミネーションに、目を奪われながら、進んでゆくと、前方に、ライトアップされた大噴水やシャンパングラスツリーが、見えてきた。


c0019055_1431360.jpgその一帯だけが、周囲の闇の中から浮び上がって見える光景は、忽然と現れた、まばゆい光に彩られたアナザ・ワールドといった感じであった。




この公園のシンボル的存在と言われている大噴水や、カナール上の樹氷型噴水のライトアップ、可愛らしいミニ・グラスツリーも、それぞれがロマンティックな雰囲気を醸し出していて、魅力的であった。

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が、なんと言っても、圧巻は、冬の夜空に、ひときわ煌いて見える大型のグラスツリーであった。


c0019055_14412274.jpg カナール内に設営されたステージでは、ミニコンサートなども催されていたが、そのバックに、両方合わせて、約7千個ものシャンパングラスを使って作られたという、ツインのグラスツリーが飾られていた。



 最下段のグラスの数は、441個で、1段上がる毎に、1辺の数が1つずつ減っていき、21段積み重ねた頂点は、たったの一個というのだから驚く。



c0019055_14491797.jpg このツリーの上部から、流れ落ちる水が、一定の時間で、赤からグリーン、ブルー
へと、変化する光の色を反射して、見る人の心を捉えるのであった。



 うっとりと、見惚れながらも、優美にして、はかなく、もろいガラス製のグラスが、どうして、あんなに積み上げても、崩れ落ちたり、壊れないのか、不思議でもあった。

私は、色がブルーに変った時の透明感のある輝きが、一番魅惑的に思えて、何度も、何度も、色が変化していくさまを、飽かず眺め続けていた。
 
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このグラスツリーに似合うのは、やはり、サンタクロースではなく、ガラスの精とか、雪や氷の精といった、メルヘンの世界に住む、妖精たちだろうな、などと思っていたら、突然、身震いがして、たちまち、現実の世界に引き戻されてしまった。
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夜がふけるにつれて、気温が下がってきたのと、長い時間、水辺にいたせいで、手もかじかみ、体が冷えきっていることに気がついたのである。

屋台のコーヒーで、一息つき、少し体が温まったところで、記念撮影用の“光のパークトレイン”をカメラに収めて、光のワールドに別れを告げたのであった。
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# by pooch_ai | 2005-12-14 14:16

落ち葉舞う”風の散歩道”

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約2年振りに、高校時代の友人と会うことになり、殿ヶ谷戸庭園経由で、三鷹の“風の散歩道”を訪れてみることにした。




 殿ヶ谷戸庭園は、国分寺崖線をいかした和洋折衷の回遊式林泉庭園とのこと。
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 武蔵野の面影が残る園内には、紅葉亭という茶室や、湧き水の窪池もあり、国分寺の駅近くにありながら、しんと静まりかえっていて、人影もまばらなのが、心安らぐ思いだった。


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鮮やかな紅葉とはいかないものの、松の緑と、赤や黄色に色づいた木々とのコントラストが美しく、竹林を抜けて、池をめぐり、つわぶきの花に、足を止めたりしながら、旧友と交わす会話は、楽しく、時計の針が、後戻りしていく感じだった。


 高校卒業後も、頻繁に手紙のやりとりをしたり、彼女の家に泊りがけで遊びに行ったりもしていたのが、いつしか会うこともなくなり、長い時間が流れてしまっていた。


c0019055_1215721.jpg 専業主婦の彼女は、家事や子育て、ご主人のご両親の介護に忙しく、私の方は、仕事に追われていたから。



 それが、数年前から、交遊が復活。時々会っては、一緒にランチを食べたり、美術展や映画を観に行くようになったのだった。
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ツーカーの仲であった旧友のいいところは、長い間会っていなくても、昨日別れた続きのように、話がはずみ、全く空白を感じないことだ。

大した話を交わしたわけでもないのに、会った後は、いつも、心豊かな、充ち足りた気分になる。友だちとは、そうしたものであり、私にとっての、貴重な財産であると思っている。

 さほど広くもなく、散策するには、程よい規模の庭園には、藤棚や萩のトンネルも、見受けられ、花の季節には、また違った表情を見せてくれそうだった。


c0019055_1135011.jpgこの前日、病院の帰りに立ち寄った神宮外苑のイチョウ並木は、まだ、かなり緑が目立っていたが、“風の散歩道”は、果たして色づいているかしらと、話し合いながら、次なる訪問地へと、向かった。



 太宰治や山本有三ゆかりの地として知られる玉川上水沿いの“風の散歩道”は、「三鷹の森ジブリ美術館」への道でもあったが、すっかり晩秋のムードに包まれていた。


c0019055_11215590.jpg秋色に染まった桜並木の下を歩いて行ったら、靴跡のタイルを発見。ユーモラスな絵柄に笑いを誘われ、カメラでパチリ。


 途中には、山本有三の記念館や、太宰治の「乞食学生」の一節が刻まれた碑もあったが、ドキリとさせられたのは、入水場所と思しきあたりに、太宰の故郷特産の石である「玉鹿石」が置かれているのを目にしたときであった。


c0019055_1128464.jpg高校時代は、熱烈な太宰ファンで、中でも「トカトントン」という作品に惹かれていたことなどを思い返し、感無量であった。




 突き当たりが井の頭公園で、右に折れて、しばらく進むと、ジブリ美術館が見えてきたが、ここは、完全予約制のため、次回のお楽しみということに。

c0019055_11353416.jpg美術館の手前、斜め向かいのビルを見上げたら、壁に、巨大なクワガタが張りついていた。男の子が見たら喜ぶだろうな、と、思いながら、近寄って見たら、「クワガタ昆虫館」であった。


 帰り道半ばで、歩き疲れ、喉も渇いていたから、「マグノリア」という住宅街の中にあるカフェで、一休み。自家製のガトーショコラが美味しかった。

 コーヒーとケーキで、元気を回復。駅への道を辿りながら、「ジブリ美術館を見学がてら、また、必ず来ましょうね」「桜の季節?ううん、“風の散歩道”だもの、やっぱり、風薫る初夏の頃にしましょう」と、彼女と約束したのだった。
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# by pooch_ai | 2005-12-03 10:17


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